取材当日にUBISOFTが撤退した — ベオグラードで見た東欧IT産業の転換点

セルビアの首都ベオグラード

さて、前回長々とセルビアの歴史を振り返りましたが、今回が本命です。セルビアのIT事情をレポートしていきたいと思います。
一応前回の記事は予備知識編なので、セルビアってそもそもどんな国なんだよ、というのが知りたい方は是非ご覧ください

さて、僕も限られた日数で過ごさなければならなかったので、セルビアの首都ベオグラード一本に絞って訪れています。
ベオグラードはバルカン全体でイスタンブール・アテネ・ブカレストに次ぐ第4位の規模の大都市です……大都市なんだけど、人口は119万人くらい。近隣から働きに来た人や遊びに出てきた人を含めても168万人くらいです。日本の東京って23区だけで964万人も住んでいるので8.1倍以上の人口差があるというから、まあ、東京民からすると地方都市くらいのイメージです。ちなみに首都圏全域 vs ベオグラード全域で見ると22倍以上の人口差です!

ベオグラードにはコンビニも自販機もない

ベオグラードに限った話ではないですが、ブルガリア、ギリシアも、少なくとも僕が見てきた範囲内にコンビニは存在しませんでした。自販機もほぼほぼ皆無です。
実は日本企業の参入余地はあるんじゃね……?

交差点2か所に1か所くらいの割合であるキオスク

その代わりに、交差点1つ置きくらいの感覚でキオスクがありました。
ブルガリアはキオスクが盛んで、交差点の脇にドリンクとかんたんな菓子を置いたキオスクが建っています。
地元の人も旅行者も、みんなキオスクでジュース買ったり、菓子類を買ったりしています。
たぶん同じ系列のキオスクなんだと思いますが、ドリンクの種類は店ごとに結構バリエーションがあって、しかもコンビニ並みに充実しているところもちょくちょくありました。

コンビニ代替として、小型スーパーも林立していました。
日本でいえば「まいばすけっと」「ピアゴ」「ローソンストア」みたいな感じかな。
僕が行ったところはMAXI GOというお店で、大型店舗MAXIの小型版です。これがコンビニに限りなく近かった。
セルフレジもあったし。

セルフレジ

このキオスクも小型スーパーも、どこでもほぼスマホ決済が基本。
お子さまもお婆ちゃんも、みんなスマホで買い物をしている様子が印象的でした。
ギリシアの時も思いましたが「スマホ決済が標準、現金払いはサブ」という日本とは逆の扱いになっているのは、ここでも健在でした。
ただ、ブルガリアやギリシアよりは現金決済が支配的です。
朝ご飯を探しに街中をウロついて、あるパン屋さんに入店したときは「現金のみ」と書かれていました。
ブルガリアなどは、本当にごくごく一部だけ現金のみの店もある程度だったけど、セルビアはそれと比べると多少多いような印象でした。

後で調べてみると、このスマホ決済はEUの基本方針らしくって、EU加盟国としてデジタル決済インフラの整備が義務化されているうえ、普及のための補助金も出ていたことでブルガリアやギリシアでは普及が進んでいたそうです。一方のセルビアはEUではないのでそういった義務はなかったのですが、実はバルカン半島では最も早くからデジタル決済の導入が進められてきて現在に至るわけで、補助金もなければ技術支援もない、本当に独自の発展だけで、ブルガリアやギリシアにそれほど劣るでもない決済システムを導入したということ自体、実はすごいことだったのです。

マイクロソフトにユービーアイソフト、SAPまで軒を連ねる人材市場

マイクロソフト

ベオグラードの街を見渡すと、方々に落書きがあり、結構目立つ感じに賭博場があったり、相当古い建物が残されていたりします。旧東側諸国に多い、いわゆるスターリンゴシック(スターリンの好むギリシア建築のようなゴシック調の建築様式)の建物も多く残っており、現在も活用されているようです。
そんな市街地のハズレの方に目を向けると、HUAWEIやXiaomiの看板が掲げられたビル、マイクロソフトやSAPのビルなども見える。ホテルの近くにはユービーアイソフトやYandexのオフィスまであった。

ユービーアイソフト・ベオグラード
大手ゲーム会社のUBISOFTの開発拠点、USBSOFT BEOGRAD。超優秀なスタッフが集まっていることで業界的には有名だったが、この撮影直後にスタジオ閉鎖が発表されてビックリした。

セルビアは東欧のIT人材市場と言われています。
人口700万人の小国でありながら、就業者の4.35%がIT業界従事者という密度の高さ、しかも直近4年間の就業伸び率39%という驚異的な伸び率です。ITエンジニアの世界競争力ランキングでもEU2位の実績。
日本も決して悪い成績ではない……むしろ先進国としては上位に食い込める程度のIT化率を誇っていますが、中身を見てみるとIT産業にぶら下がっている人が多くて、実際に技術者です、という人材が少数すぎる。つまり量と質のバランスが悪いわけです。

それに比較して優秀人材の宝庫であるセルビアは、西ヨーロッパとは比較にならないくらいの安月給……そりゃ食いつかない会社の方がおかしい。中国企業はもちろん、マイクロソフトなどの欧米企業は次々にベオグラードに開発拠点を設けており、しかも投資額は増え続けています。

日本企業の感度の低さに絶望感さえ覚える。すでに他国は相当先を走っていると実感。

日本企業は感度が低すぎるように思います。ただでさえ国内に優秀なエンジニアが少ないのに、海外進出して開発力を底上げする企業が出てこないというのは本当に致命的だと感じました。10年先、20年先にどうなってしまうのか……

ブルガリアも、セルビアに匹敵するIT人材市場と言われています。
IT人材は多く、優秀なエンジニア率も高く、しかもお国柄だと思うのですがブルガリアは女性が主人公の国なので、IT業界の女性就業率も高く27%に上ります。日本の倍近い女性人口がIT業界に在籍しているという人材多様性は特筆するべき点です。

中国が、かつて「世界の工場」を名乗っていた背景に、人海戦術をとれる上に異様なほど安い月給によって世界から注目されたのと同じように、ベオグラードは現在が最高潮の状態だと思います。中国の例に倣えば、徐々に給料も高くなっていくにつれてベトナムやらカンボジアやらが主戦場に移り……という展開と同じように、ベオグラードも良い感じで給料が上がってきているので、今後もしかすると開発拠点が移っていくのかもしれません。コソボとか、アルバニアとか、マケドニアあたりは今後伸びるような気がします。
僕がユービーアイソフト・ベオグラードの写真を撮影していた、ちょうどまさにその日に、ユービーアイソフトは組織再編を発表してベオグラード開発拠点の閉鎖を決定しました。彼らの場合はフランス本社の経営崩壊が直接原因だろうとは思うのですが、ベオグラードスタジオを閉鎖する決定には、コストの問題があったのかも知れませんね。

国会議事堂前
国会前の像。馬は力。人間は理性。馬を人間が押しとどめることで、「力を理性で制御する」という意味を示しているらしい。

セルビアの戦いはここからが本番かも

前回のセルビアの歴史でも見てきたように、セルビアは独立独歩の気風を誇りとする民族のようです。
自力だけでナチスドイツを退け、
スターリンに正面切って啖呵を切り、
EUに諾々と従うことをよしとせず、という彼らは、自力でここまでのIT化を進めてきたというすごい国です。
たぶん、そんなセルビアの現在地は、激安IT人材の最終セールまっただ中というところだと思いますが、ある意味、ここからが本番だと思います。価格メリットという分かりやすいリーチを使い果たした先で、彼らが何を強みとして持ち出してこられるのか。ここに日本がどのように関われるのか。本当に重要な局面だと思います。

世界の優れたソフトウェアやサービスを日本に向けて紹介するというノイテックスとしても何かできることはないか、という気持ちで見て回ったのですが、セルビアのIT業界は主に輸出産業という立ち位置のようなので正直まだ探している最中ではあるのですが、アメリカにも依存せず、ヨーロッパの思惑にも乗らず、独立を大事にするという彼らならではの製品が見つかれば、本当に面白いな、と思っています。

次回は少し見方を変えて、「精油1kgでン百万円。実は埋蔵金!? バラ精油に新ビジネスの可能性を見た」をお送りしたいと思います。

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